チャイナオレンジ

推理小説の感想

サーチライトと誘蛾灯

概要

作品名:サーチライトと誘蛾灯

作家名:櫻田智也

出版社:創元推理文庫

あらすじ

昆虫オタクのとぼけた青年・エリ沢泉(えりさわせん。「エリ」は「魚」偏に「入」)。昆虫目当てに各地に現れる飄々(ひようひよう)とした彼はなぜか、昆虫だけでなく不可思議な事件に遭遇してしまう。奇妙な来訪者があった夜の公園で起きた変死事件や、〈ナナフシ〉というバーの常連客を襲った悲劇の謎を、ブラウン神父や亜愛一郎(ああいいちろう)に続く、令和の“とぼけた切れ者”名探偵が鮮やかに解き明かす。第10回ミステリーズ!新人賞受賞作を含む連作集。著者あとがき=櫻田智也/解説=宇田川拓也(http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488424213より) 

感想

この本はツイッターで見つけて読んだ本なんですけどね、結果的に読んでよかったです。創元推理文庫に感謝です。

僕は昔から泡坂妻夫さんの亜愛一郎シリーズが好きで読んでいるのですが、非常によく似たテイストを感じました。亜愛一郎シリーズって大体事件らしきもの(出来事)が発生するけど、何が謎かわからないうちに、冴えない名探偵の亜愛一郎だけは真実がわかっていて真相が明かされるって感じの話が多いんですけど、まさにこのエリ(変換できない)沢泉という探偵はその後継者って感じなんですよね。挙動も推理も。人と話が噛み合わなかったり、突然お酒を飲みながら眠ってしまったり、すっとぼけたような部分もありながら、彼にしか見えていないものがある。昆虫が好きというところもどこかしら亜愛一郎を感じますよね。あちらは、変なものを撮るカメラマンでしたが。

亜愛一郎シリーズってブラウン神父に影響を受けていると思うので、本作→亜愛一郎シリーズ→ブラウン神父シリーズの逆時系列で読み進めるのも面白いかもしれませんね。

ただ、本作で亜愛一郎と違う部分、そして個人的に好きな部分なのですが、優しさと悲しさと温かさが同居しているというか。大体どの事件も悲しいんですよ。そりゃ人が死ぬんだから推理小説は悲しいことが多いんですが(登場人物を駒として見るときもあります)、そういう意味ではなく、どこかしらに悲劇的な部分がある。作中の人物のもっとこうしておけば良かったという後悔や、個人のエゴの優先など。これらは我々の日常生活でもよくあることですよね。本作は推理小説なので、人が死ぬわけですから、大体そういう後悔は穴埋めできません。でも、どこかしらに救いは残されていて、そういうところが短編全般と通して僕が気に入った点でした。特に「ホバリング・バタフライ」とか「アドベントの繭」はそういう話なんですよ。是非、多くの人に読んで欲しいですよね。北村薫さんの円紫さんシリーズもそういう筆致なんで、ちょっと秋の花とかを思い出しました。

個人的ベストは、決めるのが難しいですね。終わり方が好きなのは「ホバリング・バタフライ」ですが、真相と想像の落差という意味では「火事と標本」かもしれません。多分読んだタイミングによって、変わりそうです。

あともう一つ本作で素敵だなと思った点があってそれは、「あとがき」です。正直、あとがきなんて沢山ミステリーを読んできましたが、ほとんど覚えていません。ただ本作のあとがきは何か心に残るものがあって、まあとにかく情景が素敵なんですよ。確かにあんな体験をしたら忘れられないだろうなあ。

これからも櫻田智也さんの新作が出たら読みたいと思います。